ガザ南部に住む37歳の主婦サマールさんは4人の子どものお母さん。
サマールさんの日記が伝えるガザの日々。

2025年11月16日(日)~11月18日(火)

2025年11月16日(日)

イスラエル軍による爆発音が聞こえない夜はありません。しかし、息子たちは週3日学校に通い、どんな困難にもめげずに生活は続いています。国連の学校は、家を失った避難民で今も溢れています。

毎日のように、家事は尽きません。肉の値段がまだ高いので、昼食にタヒニ(注1)でジャガイモを調理しました。料理は薪で焼くので疲れます。

調理用のガスボンベは、まだ少量しか入荷しておらず、充填システムも電子式なので、私の番はまだ来ていません。

(注1)タヒニ

ゴマから作る中東の伝統的な調味料。中東では人気がある。

2025年11月17日(月)

寒さが厳しくなり、7カ月以上ぶりに冬物の衣類や靴の入荷が許可されましたが、価格は依然として高止まりしています。私たちが受け取る物資の量はどれも全く足りず、これほどの苦しみを味わう中で、戦争が本当に終わったとは到底思えません。

生活は戻りつつありますが、復興のペースは悲しいもので、至る所に瓦礫が散乱し、下水道は破壊されています。彼らは文字通りガザ地区を壊滅させました。

2025年11月18日(火)

市の東部でのイスラエル軍による建物の爆破は、私の家を揺さぶり続けています。他の家々も同様に、前回の侵攻と継続的な爆撃によって文字通り倒壊寸前です。しかし、人々には他に選択肢がないので、周囲の極度の危険にもかかわらず、老朽化し​​た家に留まり、テント生活を送ることを選んでいます。

2年以上の間に積み重なった瓦礫を撤去するための建設機械や資材の搬入が制限されているので、私たちはまさに被災の状況を目の当たりにしています。私の地域では瓦礫は依然として積み重なっており、下水道網の機能不全が続いています。そのため、自治体は瓦礫の下にある排水網の修復を滞らせています。


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